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間違いだらけの信長軍記(ウォーゲーム日本史第11号信長軍記)

 「信長軍記」は、織田信長が家督を継いだ1552年から、尾張統一をした1561年(桶狭間の戦いは1560年6月12日)までの10年間を取り扱ったシミュレーションゲームです。
 
 このゲームでは、移動・合戦・調略・城の包囲・暗殺と、何をするにも銭が必要です。
 そして、信長を支援していたのが、「熱田」・「津島」という二大商業都市です。
 
 信長は、その威信と同じ数の銭をこの商都から、支援してもらいます。
 威信とは、信長が、特定アイコンを持った城を攻略する事で得る事が出来、全部で9つ、初期支配下に、3つあります。

IMG_0104.JPG 

 しかし、ゲーム開始時点で反信長勢は、鳴海城の山口教継・教吉親子のみですが、調略で反信長勢になる可能性があるのは、尾張国内だけで7ユニットに上ります。
 調略は、スタック単位で行われるのですが、中でも3ユニットがスタックしている清州織田家は、わずか銭1の調略で、反信長勢になるのは頭の痛い所です。

 この様に、信長は尾張国内の「熱田」「津島」を守りながら、今川勢の尾張侵攻に備えなければなりません。

 このゲームの基本となる銭は、この他にもダイスを振って得られる兵力2を銭1に換算して得る事も出来ます。
 反信長勢は、こうして銭を得ます。
 ただし、1ターンの銭の上限は、10です。

 先に、調略の話が出ましたので、これを説明すると銭1を支払って、調略マーカーを1個、自分が観て特定のユニットの上に置きます。
 この時、例えば、表が中立状態、裏が反信長勢のユニットでも、調略マーカーが信長勢なら信長勢になります。
 反信長勢は、気をつけて調略マーカーを使用する必要があります。

 続いて、兵力の動員ですがダイスを1個振って、織田勢・反織田勢(今川勢)おのおの別々の表で、その年の動員兵力を決定します。
 この時、織田勢は、最初に6の目を出すと、美濃の斎藤道三が憤死し、反信長勢の中立ユニットを3個、フリップ(裏返す)します。
 
 又、反信長勢は、最初に6の目を出すと、武田・北条・今川の三国同盟が成立し、次のターンから、兵力6が、加算されます。
 さらに、三河領内に、織田勢の城が1つも無く、2回目の6の目をだすと、三河平定が、なったものとして、今川義元ユニットが動員され、さらに、次のターンから6兵力が、加算されます。
 合戦は、敵味方のいるヘクスに銭1を支払った1手番につき、1回だけ解決出来ます。        
 ただし、信長が参加する合戦は、自動的に6の目が出たものとします。
 戦闘結果が、「×2」の時は結果を合算します。

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 戦闘比は、山地の時は左に1ヘクス、城で防御している時は、城のレベル数だけ左シフトします。
 又、信長の親衛隊(黒母衣衆、赤母衣衆)が、攻撃側に参加している時だけ右に1ユニットにつき、1シフトします。
 
 こうして、初期戦闘比が、1:3未満だったら、1:2と見なして、最終戦闘比を求めます。
 最終戦闘が、1:3未満の場合は、攻撃不成立です。
 6:1を超えると、DS(防御側降伏)です。

 又、城の包囲も、可能です。
 銭1を支払って、敵陣営支配下の城と同じレベル以上の自陣営のユニットがいれば、包囲は可能です。
 この時、ダイスを1個振って1か2の目が出れば、籠城部隊は降伏します。
 
 自分の手番に、もう銭1を支払うと包囲レベルは2に上昇し、ダイスの目が、3以下で、降伏します。
 こうした包囲は、最高レベル4、6の目以外は、降伏するまで、上げる事が可能です。
 ただし、籠城部隊の降伏チェックは、1ターンに1回しか行えません。
 
 これで、主だったルールの解説は、終了して、プレイを紹介しましょう。
 対戦相は、OASE新潟の安達さんです。

  第1ターン、信長勢は、清洲城を攻撃し、清州織田家を滅亡させます。 
  これは、私のミスで、この時、鳴海城の山口親子を滅亡させておけば、ルール4・4により、あるターンの終了時に、反信長勢の城が無ければ、織田勢が、勝利していたのです。
 
 この時、反信長勢は、兵力決定で、6の目を出し、三国同盟が成立し、次のターンからの兵力6増強を、今ターン からと、勘違いし、鳴海城に、今川勢が、2ユニット入城します。
 さらに、三河にある織田勢唯一の城、重原城が陥落します。

 第2ターン、今川勢は鳴海城に、さらに2ユニット入城させます。
 これに対して、織田勢は、織田信長・親衛隊2ユニット・一般兵2ユニットの合計5ユニットで、攻勢をかけます。

 通常ならば、5:6=1:2なので、信長効果で、6の目が、出た物として「1/1」。
 これで、終了なのですが、ダイスを2個振る効果があるものと勘違いした私は、ダイスを2個振り、「1」と「6」の目が、出ました。

 これで、信長勢3ユニット、今川勢2ユニットの損害です。
 私は、泣く泣く一般兵2ユニットと親衛隊の「赤母衣衆」を除去します。
 こうなると、今川勢は俄然、勢い付いてきて残る「黒母衣衆」も、失います。
 信長は、命かながら、那古野城へ逃げ帰ります。
 これで、勝負は、決定しました。

 第3ターンには、反信長勢は、兵力決定のダイスの目で、又も、6の目を出し、「三河平定」を成し遂げます。
 そして、ここでも、次ターンからなのに、今ターン から、さらに、兵力6の増加が、始まりました。
 おまけに、今川義元ユニットが、岡崎城に、姿をあらわします。
 無論、織田勢に、これを攻撃する力はありません。

 今川勢は、尾張に侵攻し、清洲城と古渡城を陥落させます。
 どちらも、織田勢のアイコンがある、言わば、織田勢の収入源となる城です。
 後に、安達さんに聞くと「熱田」「津島」の商都は、守備軍が配備できないので、城攻めにしたそうです。

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 第4ターン、今川勢は、服部左京亮、前田与十郎(前田利家の父)を次々と自らの軍門に下し、私の勧めで、調略で、守山城の林秀貞・柴田勝家を寝返らせました。
 このゲームでは、銭の多い方が先攻なので、何と6ターン連続しての今川勢の攻勢でした。

 ようやく、自分の手番が来た信長勢は、那古野城から手薄になった清洲城を包囲するも、失敗しました。
 この間に、守山城の林秀貞・柴田勝家が那古野城に入城し、信長勢はすべての城を失って破れました。

 その後の信長の消息は、知れません。
 美濃の斎藤道三を頼ったとも、京の三条河原で、さらし首になったとも言われています。
 どの道、戦国の歴史が、大きく変わったのには変わりません。

 とまあ、こんな間違いだらけのリプレイを掲載して恥ずかしいのですが、このゲーム、ルールを読んでからプレイするのに、諸事情により3ヶ月もかかっているのが、大きな原因です。
 信長勢不利とは言え、コンセプトはしっかりしているゲームなので、機会があれば、ぜひ、再度、プレイしてみたいゲームです。
 
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